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第十一回 税負担の転嫁(消費税)

前回の連載では国益と企業利益のベクトルのズレについて述べた。日本国民の厚生水準の向上のためには、日本における雇用を増やすことが必要であるが、企業は株主利益を最大化させるために、日本の雇用を犠牲にして海外に生産ラインを作る。その株主の30%は外国人株主である。そこで今回は、日本における公共サービスの財源負担を誰がすべきだろうかという問題を検討するに先立ち、それぞれの税目の負担者は誰かという点について考えたい。

経済学における税負担の転嫁についての分析は、余剰分析における消費者余剰と生産者余剰の減少分として表現される。?? 余剰とは、一言で言うと経済取引から消費者・生産者がそれぞれ得る恩恵のことであり、一般に取引量が多ければ消費者はより安い値段で商品を手にいれることができ、生産者はより多くの利益をあげることができることから、経済全体としてはより大きな余剰が生じる。もし消費税が取引に課されると、消費税がかかる分、取引価格が上がり、均衡点における取引数量が少なくなるので、課税がなければ、もう少し生産・消費が行なわれていたにもかかわらず、課税によって生産・消費の量が少なくなってしまう、従ってその分だけ余剰は減少してしまう、という意味で、消費税は経済に損失をもたらすと説明されている。

しかし、家計が消費税を払ってもそれは国に所得が移転しただけであり、経済全体としては、それ自体からは損失が生じているわけではなく、経済取引が少なくなることで経済全体に損失が生じていると考えるわけである。「いくら消費できたか」で国民の厚生水準を測定すべきという考え方と相通じる考え方といえる。

従って、需要の価格弾力性が低く、消費税の分だけ価格が上がっても取引数量が変わらなければ、余剰の損失はないということになる。その意味で、需要の価格弾力性が低いもの、例えば、衣食住に関する生活必需品に対する課税は合理的と言える。もし「消費税がかかるので買うのをやめた」と思う消費者がいないのであれば、消費税による余剰損失はないということになる。

このような余剰分析においては、税金が課されることで私的経済取引が少なくなることを、余剰損失とみており、税金を徴収することで公共サービスが受けられるというプラスの側面は分析のなかに考慮されていない。公共サービスが受けられるというプラスの側面と私的経済取引が減少するというマイナスの側面を比較した場合に、税金を課すべきか課さざるべきか、を判断すべきという考え方を一般均衡分析という。一般均衡分析において課税による効用がネットでマイナスにならなければ、経済としての税負担はないということになる。

仮に、一国経済における潜在的生産力をもってすれば、取引量も減少させず、且つ公共サービスも提供することができるとするならば、経済全体の効用はむしろ増税によって改善することになる。事実、全ての労働力がフル稼働をしているわけではないことを鑑みると、税を課したから取引量が減少したわけではなく、追加で税を課すからといって、必ずしも取引量が更に減少するわけではないのではないだろうか。もしそうであるならば、税負担の増加で、今まで活用されていなかった労働力を公共サービスに活用することで、経済全体の効用を改善することができるということになる。

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