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第十五回 次世代のポケット

デフレの本質的な原因は需要不足と言われる。

需要不足とは貯蓄超過のことであり、貯蓄超過は「買いたいものがない」あるいは「買いたいものはあるものの将来のために貯蓄をしておかないと」という状況のことをいう。120%貯蓄型の人に「消費したい」「是が非でもここにお金を使いたい」と思わせるのは、本質的にはいい製品を世に送り出す側の責任のように思われる。わが国をはじめ多くの先進国で、経済成長を経験し、人々の生活が十分に豊かになり、(草食系世代に代表されるように)借金してでもほしいと思うようなものが少なくなっていることも一因であろうが、誰もが買いたいとおもうような製品を世に送り出す企業家が少ないことが主因であるように思う。

「是が非でもここにお金を使いたい」と思わせる商品やサービスを供給することはきわめて重要であり、そこに経済成長の源泉があることは言を俟たないが、貯蓄超過の状況で、これを解消するために政府支出による需要喚起をし、そのための財源を調達するために増税することは適切な需要不足解消方法とは思えない。増税とは強制的に民間の貯蓄を取り崩すことであり、計算上は貯蓄超過の減少=需要不足の解消ということになるが、いくら需要不足が解消しても、経済活動が縮小しては意味がない。貯金がないと心配な人もいるだろうし、貯金が好きな人もいるだろう。そういう人は増税になれば、益々貯金を増やそうとしてしまうかもしれない。貯金なんてあの世には持っていけないのだから、そこに網をかけておけば、貯蓄超過すなわち財政赤字も解消するはずであり、この世で増税に苦しむ必要などないのではないだろか。

野田総理が次世代のポケットに手を入れているとか、次世代につけを、まわせない、という発言をしているが、政府の借金は民間の貯蓄であり、世代内貸借に過ぎない。次世代のポケットにも手を入れてないし、つけも回してない。むしろ、現世代は勤労から250兆円の対外債権を作り、次世代にこれを渡そうとしている。例えば今インフラ整備に財政支出をしたとしよう。政府の借金は残るがインフラは整備される。翻って財政健全化のためにインフラ整備をしなかった場合はどうだろうか、借金はないがインフラの整備もない。政府の借金がないということは、民間の貯蓄もないということである。その間仕事もなく現役世代が時間を過ごしてしまい貯蓄もできなかったとすれば、それこそ次世代につけをまわしていることにはならないだろうか。

繰返しになるが、どれだけの経済活動が行われるかが問題なのであり、その結果として生じる経済主体間の債権債務関係を整理することで(すなわち増税することで)、経済活動自体が縮小しては本末転倒である。我々は次世代のポケットに手を入れているのかどうか、それぞれの国民が冷静に判断しなければ、わが国は「誤った処方箋」を選択することになる。

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