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第七回 おばあちゃんの肩たたき

GDPの伸びを称して経済成長という。「色白は百難かくす」に喩えて、経済成長は多くの経済問題をかくすことができるといわれる。経済成長を遂げることが国民の経済厚生の向上の必要条件のようにいわれるが、果たして本当にそうだろうか?
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そもそもGDPとは、分業+交換という経済取引から生じる総付加価値のことであるが、有り体にいえば交換取引の合計である。交換取引の効用を足し算することはできないので、貨幣価値に換算して合計する。おばあちゃんの肩たたきをしてもGDPには貢献しないが、おばあちゃんが業者でマッサージを受ければGDPにカウントされる。肩たたきは一つの例にすぎないが、従来家庭で果たしていた社会保障の機能は、核家族化の進展とともに、社会が負担するようになる。前者の社会保障機能はGDPに貢献しないが、後者はGDPにカウントされる。社会保障機能を家の外に出せば、経済統計としては「経済成長」があるように写るが、経済厚生が高くなっているかどうかはわからない。
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GDPは貨幣価値に換算せざるをえないので、どうしても貨幣価値のイメージに縛られる。貨幣価値の変動による影響を排除した実質GDPという統計はあっても、「一億円」という言葉を聴けば、一億円で買えるものが頭に浮かんでしまう。お金自体に価値があるわけではない、消費をすることに価値がある、消費の換算をお金でしているだけであることである、ということを忘れると、「財源がないから何もできない」という発想に行きついてしまう。お金がないという理由で何もしなければ、経済取引など何も起こらない。
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時給一万円の人が一万円の会席料理を食べるのと、自給千円の人が千円の定食を食べるのとで、効用が10倍違うとは思えないが、効用を足し算することはできないので、統計上は十倍の差がつくことになる。20年前のGDPと今のGDPに大きな違いはないが、生活は格段に豊かになっている。「いくら稼ぐか」ではなく「どれだけ消費できるか」が問題なのであり、GDPの成長率が最終目的と考えるべきではない。

なお、財政の持続可能性(サステイナビリティ)に係る議論として、基礎的財政収支(プライマリーバランス)が均衡しており、GDPの成長率の方が利子率よりも高ければ、財政は持続可能であるという考え方(ドーマーの定理)があり、この考え方を踏襲すれば、GDPの成長率は財政が持続可能かどうかの決定要因であり、GDPの成長こそが経済政策の最重要課題であるという議論もあるが、この点については、回を改めて検討したい。

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