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税務訴訟(1)―移転価格の税務訴訟の位置付けとその背景―(27)

移転価格税務訴訟って、税務訴訟全体の中で、どの程度の位置を占めるのか?

? わが国では、税務訴訟は全体で、毎年どのくらいの件数が発生しているのだろうか。ここ十数年間をみると、だいたい毎年300件強から400件弱発生している。最近の新しい傾向としては、国際課税事案や、新しい金融商品に関連する課税の事案が少しずつ出て来つつある。その背景には、諸外国との間で、企業の相互進出が進展し、経済、金融技術が高度になってきていることがある。国際課税の訴訟事案の最近の傾向として、タックス・ヘイブン対策税制、移転価格税制、租税条約に関するものがでてきつつある。本コラムで取り上げる移転価格税制は、昭和61年に導入後25年経過するが、これに関する訴訟事案は、ほんの数年前から少しずつ発生しはじめた。そしてその件数は、累計でみてもいまだ数件にとどまっている。

? 数件という訴訟件数は極めて少ない数字に見える。少ないのはなぜか、そして、その背景には何があるのか。まず国税庁の統計をみてみよう。わが国課税庁が行った移転価格の更正処分の件数は、平成10事務年度の59件から平成21事務年度は100件に増加している。最近は、毎年100件超の移転価格の更正処分が行われている。移転価格課税の更正処分通知を受けた各個別事案は、その後どのような道をたどるのであろうか。次の4つのどれかに進む、これが答である。

【日本の課税庁が行った移転価格更正処分後に、納税者が進む道―4つ―】
(1) 国内救済手段に訴える(まず「異議申立て、審査請求」を先に、次に訴訟へ)。
(2) 租税条約に基づく相互協議を申立てる。
(3) 前述(1)及び(2)の双方を申立てる。
(4)  何もしない(すなわち、更正処分を受け入れる。その場合は、国際二重課税を被ったままとなる)。

? 国税庁は、前述(1)から(4)の件数のいずれも公表していない。ただし、(2)に関しては、「租税条約相手国が行った移転価格課税事案が相互協議になった件数」(以下、「外国発の相互協議件数」という。)も含む、「全体の相互協議件数」を、公表している。「全体の相互協議件数」は、例えば、平成10事務年度は17件発生で、平成21事務年度は27件発生に増加し、最近は、「毎年30件前後」の移転価格課税事案の相互協議が発生している。
? 数値例を用いて敷衍すると、まず、毎年「100件超」の移転価格更正処分が日本で行われる。そのうち、相互協議に行く件数(日本発の相互協議件数)はどのくらいであろうか。その計算は、次のとおりである。すなわち、「全体の相互協議件数(30件前後)」から「外国発の相互協議件数(例として仮に「6件」としておく)」を引いた後に残った件数(本数値例では「24件前後」)が「日本発の相互協議件数」ということになる。
? このような状況の中で、日本の課税庁により行われた移転価格事案(年100件超の件数)が「訴訟」まで行った件数は、移転価格税制導入後25年間分を合計しても、たった「数件」である。なぜであろうか。その理由は、次のような点にあると思われる。

【移転価格課税事案のうち訴訟に進む件数が少ない理由―4つ―】
(1) 移転価格課税を受けると、コストがかかる。
 税務調査、相互協議、訴訟等に要する対応費用が多額に上る(外国関連会社にも同様の費用が発生する点に留意)。日本で移転価格の更正処分を受けた事案(年100件超)は、少数の「多額更正処分事案」と多数の「少額更正処分事案」から構成される。後者(多数の少額更正処分事案)の多くは、コストを避ける見地から、二重課税を甘受する(すなわち、前述【表1】の(4)を選択する)傾向がある。 
(2) 訴訟で勝訴する確率は低い。
 移転価格事案を含む日本の課税事案全体についての件数をみると、異議申立ては年約5000件弱、その6割の約3000件が審査請求に行き、さらにそのうち1割強の約300件が税務訴訟に行き、そのうち納税者が全部勝訴する率は5%に満たない。すなわち、訴訟に訴えてまで頑張るというインセンティブは、きわめて少ない。
(3) 訴訟よりも相互協議のほうが、制度上も、実際上も、二重課税を排除できる可能性が高い。
 相互協議で合意されると二重課税は完全に排除してもらえる、というのが租税条約上の現在の相互協議制度である。しかし訴訟では、一部勝訴の場合は、勝訴できなかった部分の所得金額について二重課税が残ったままになってしまう。これはリスクである。したがって、相互協議の方を選択する事案が多い。なお、ブラジル等、国によっては相互協議の合意が非常に困難となる国もないわけではない点には留意する必要がある。
(4) 事前確認制度を利用するほうがメリットが多い。
 税務調査を受ける前に、事前確認制度を利用して日本の課税庁から確認をもらってしまえば、税務調査対応費用、追徴税額等のコストが不要になる。つまり、事前確認の承認をもらえば、移転価格の更正処分を受けるということもないので、訴訟に行くということもなくなる。ちなみに、事前確認の申出件数は、平成10事務年度は22件であったが、平成21年度には127件と急増している。さらに、日本の課税庁が平成22年6月現在相互協議中の件数は合計380件であり、そのうち8割の305件が「移転価格の事前確認に係る相互協議件数(外国発の事前確認の相互協議件数を含む)」である。移転価格課税が実際に行われた事案は、380件のうち27件に過ぎない点を再確認願いたい。いまや、「移転価格といえば、事前確認!」といっても過言ではない。

 移転価格税制を取り巻く環境はどんどん変化している。わが国の制度・運用の改正、諸外国の動きも急である。ちなみに、平成23年度に、算定方法の適用順位の改正、レンジや、シークレット・コンパラブルの取扱いの明確化が図られる予定である。さらに、昨年、わが国でも遅まきながら文書化の規定が導入された。事前確認にも文書化にも、「事前」という思想が入っている。すなわち、移転価格問題は、「事前に対処する!税務調査よりも、もちろん訴訟よりも、事前に!」という時代になってきている。

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