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租税法律主義を点検(14)

 租税法律主義は税法の基本概念である。租税法律主義は憲法で保障されたものである。その根拠条文は日本国憲法の第30条と84条である。したがって、納税義務者(税金を払う法人あるいは個人)、課税物件(課税の対象となる取引)、課税標準(課税対象となる金額あるいは数量)、税率、納付の方法、納付の期日は法律に明記される必要がある。租税法律主義が貫かれることによって、国民は経済活動の結果生じる負担すべき税額を予測することができる。つまり、経済生活を営む上で法的安定性を得ることができる。

租税法律主義ゆえ、課税庁が自由裁量で課税する権利は与えられていない。また、法人税、所得税、消費税等の税法の条文の中に不確定概念を残すことは極力排除しなければならない。しかし、実際の課税においては、課税庁にとって都合の良い論理を用いて、税金を取り易いところから取る裁量主義がまかり通っている。“役人のすることに間違いはない”とする思い上がりが高じると、確信犯的な“間違っていても課税してしまえ!”になんら疑問を持たなくなる。 現実に“間違っていても課税してしまえ!”の例は多々ある。例えば、連結利益に比べて本邦で支払う税金が少ない会社がある。その会社は、海外で多くの税金を支払っているが日本では税金をそれほど支払っていない会社である。課税庁にとっておもしろくない(好ましくない)企業であるので、そのような企業の国際取引から発生する利益は、何がなんでも課税する風潮が現在の課税庁にはある。もし、海外の子会社と取り交わした契約の内容が第三者間で取交わされる内容と同等である場合、その契約に基づく経済行為が結果として節税効果をもたらしたとしても税法に書かれた範囲を超えて、その節税分に課税することは裁量主義による課税、つまり認められない税務執行である。憲法の条文の趣旨「税の徴収は税法に書かれた範囲で行なわれ、それ以下でもそれ以上でもない」から判断すると、私法上の契約の文言は尊重されなければならない。

課税されるはずのない取引が課税された企業は、当然、税務訴訟まで視野に入れて事後の手続を進める必要がある。現在行われている裁量主義による課税が裁判で支持されるはずがなく、国が負けるはずである。負ける理由を役人に考えさせるには実績が必要である。裁量主義がまかり通り現状の下、企業にとって税務訴訟は、不可避な選択肢になりつつある。

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